写経を納めた証としてはじまった

御朱印のはじまりは、参拝の証ではありませんでした。奈良や平安の頃、社寺に写経を納めたとき、その受け取りの証としていただいた書付が起源だといわれています。自分で書き写したお経を寺社に奉納し、確かに納めましたという印を返してもらう。それが、いまの御朱印につながる最初のかたちでした。

お経を納めることを「納経(のうきょう)」といいます。御朱印は、この納経の証として生まれたものでした。ですから当初の御朱印は、いまのように誰もが気軽にいただけるものではなく、写経という一つの行いに結びついた、重みのある証だったのです。

納経印・納経帳という呼び名

この成り立ちは、いまも呼び名のなかに残っています。四国の霊場めぐりなどでは、御朱印を「納経印(のうきょういん)」、御朱印帳を「納経帳(のうきょうちょう)」と呼ぶことがあります。写経を納めた証という、もとの意味をそのまま伝える言葉です。

納経印(のうきょういん) いまの御朱印にあたる 写経を納めた証としていただく印を指した呼び名です。霊場めぐりの世界では、いまも御朱印をこう呼ぶことがあります。
納経帳(のうきょうちょう) いまの御朱印帳にあたる 納経の証をまとめて記す帳面です。御朱印帳という言葉が広まる前から使われてきた呼び名で、いまも霊場の巡礼で用いられています。

同じものを指していても、呼び名が違うと戸惑うことがあります。けれど、納経印・納経帳という言葉を知っておくと、その背後にある「納める」という行いまで見えてきます。御朱印がもともと何の証だったのかが、名前のなかに刻まれているのです。

旅とともに、参拝の証へ

写経の証だった御朱印が、少しずつ意味を変えていくのは、庶民の旅が広まった江戸時代のことです。それまで限られていた遠出が許されるようになり、社寺への参拝が旅の目的の一つになりました。伊勢へ、金毘羅へ、各地の霊場へと、人々が歩いて向かうようになります。

旅の途中で社寺を訪れる人が増えるにつれ、写経を納めなくても、参拝しただけで印をいただけるようになっていきました。こうして御朱印は、写経の証から「その社寺に参拝した証」へと、役割を移していきます。あらかじめ紙に刷っておく書き置きのかたちも、江戸のはじめには見られたと伝えられています。

神仏分離と、集印の広まり

明治に入ると、大きな変化が二つ重なります。一つは神仏分離です。それまで神社と寺院は近い場所で信仰されることが多くありましたが、明治のはじめに神と仏を分ける方針が示されました。この影響で、御朱印帳に神社と寺院の印が混じっていると押印を控える社寺も生まれ、帳面を分ける習わしにつながっていきます。

もう一つは、鉄道網の広がりです。歩いていた道のりを列車でたどれるようになり、いくつもの社寺を巡る旅がしやすくなりました。訪れた先で御朱印をいただき、帳面に集めていく。いまに続く集印の楽しみが、この頃から静かに根づいていきます。

「御朱印」という呼び名

じつは「御朱印」という言葉が広く使われるようになったのは、比較的新しいことだと考えられています。それ以前は納経印などと呼ばれ、朱の印を押すことから、いつしか御朱印という呼び名が定着していきました。朱の色には、古くからものを清め、しるしを刻む意味が込められてきたといわれます。墨で社寺の名や日付を書き、その上に朱の印を重ねる。あの一枚の構図には、長い時間をかけて重なってきた慣わしが宿っています。

呼び名や作法は時代とともに移ろってきましたが、変わらないものもあります。それは、足を運んだ証としていただくという芯の部分です。写経を納めた証も、参拝した証も、根っこにあるのは「確かにここへ来た」という事実を残す行いでした。

成り立ちを知ると、受け取り方が変わる

御朱印を「スタンプ集め」のように感じてしまうことがあるかもしれません。けれど成り立ちをたどると、それが写経を納めた証にはじまり、旅の記録を経て、いまのかたちに至ったことが見えてきます。一枚の墨と朱の向こうには、そこへ足を運んだ人の時間が積み重なっています。

いただいた御朱印には、日付と社寺の名は残っても、その日なぜそこへ行ったのか、境内で何を思ったのかまでは書かれていません。成り立ちが「納めた証」であったように、いまの御朱印もまた、あなたがその日を確かに過ごした証です。感じたことをひとこと書き添えておくと、あとから読み返したときに、その一日がそのまま立ち上がってきます。

よくある疑問

御朱印はいつから始まったのですか

はっきりした始まりの年は定まっていません。奈良・平安の頃に写経を納めた証としていただいた書付が起源だといわれ、そこから長い時間をかけて、いまの参拝の証へと変わってきたと考えられています。由来には諸説があります。

なぜ御朱印帳を納経帳と呼ぶことがあるのですか

御朱印がもともと写経(納経)の証だったことの名残です。四国の霊場めぐりなどでは、いまも御朱印を納経印、御朱印帳を納経帳と呼ぶことがあります。同じものを指す別の呼び名だと考えて差し支えありません。

神社と寺院で帳面を分けるのはなぜですか

明治の神仏分離の影響で、神社と寺院の印が混じった帳面には押印を控える社寺が生まれた経緯があります。いまは分けなくても差し支えない場合が多いですが、両方をめぐる予定があれば分けておくと、行き違いを避けられます。神社や寺院によって考え方が異なることもあります。

朱の印にはどんな意味があるのですか

朱の色には、古くからものを清め、しるしを刻む意味が込められてきたといわれます。墨で書かれた社名や日付の上に朱の印を重ねる構図は、長く受け継がれてきたかたちです。意匠や押し方は社寺によって異なります。

成り立ちの先に、あなたの記録がある

写経を納めた証から、旅の記録へ。御朱印はかたちを変えながら、「ここへ来た」という事実を残す役割を守り続けてきました。その長い流れのいちばん新しいところに、いまあなたがいただく一枚があります。

成り立ちを知ったうえで御朱印をいただくと、帳面をめくる手つきが少し変わるかもしれません。そこに、その日感じたことを書き添える。歴史の続きとして、あなた自身の記録が加わっていきます。